埼玉ミステリーツアー 吉見百穴 (2)
百穴にある売店の一つには、120年前に初めて大規模調査を行った頃に撮影された、貴重な写真が残っている。これは是非見ていくべきだ。お土産コーナーは、埼玉県北部の銘菓がズラリ。
さらに吉見百穴の上には、随分古びた茶屋の建物があるのだが、既に店も潰れてしまい、使われていない模様。
さらに吉見百穴の上には、随分古びた茶屋の建物があるのだが、既に店も潰れてしまい、使われていない模様。
他のページを当たると、ここに「みはらし売店」というのがあって、味噌おでんなんぞも食べれたようだが、今ではご覧の通り看板も外されてしまっていて、ただの廃墟だ。
明治時代の農家使用品、見てくださいとある。
茶屋の横にはこのように、大昔の農具や生活道具が置かれている。
時が止まったままのような空間。
古代人の墓の上に建てられた古民家。萌え萌え物件である。
ちなみにみはらし売店とはいうものの、森に覆われていて周辺の眺めはほとんど利かない。
後で知ったのだが、この吉見百穴の近くにも「巌窟ホテル・高荘館」と呼ばれる建造物がある。
明治時代に、吉見町で百穴を見ながら育ってきた高橋峰吉という男が自分の半生をかけてノミ一本で断崖絶壁をくりぬいて作られた住居なのだ。日本は山岳国である。平地に家を建てると土地がもったいない、それが山を掘って家を作るという、途方も無い計画のきっかけとなったという。その後、二代目にまで引き継がれるが、現在はトンネル崩落の危険もあり立入禁止になっている。
せっかくここまで来たのに、知らなかったので見れずじまいでした。ああ残念。
吉見百穴の中にも、このように崩れそうなので下から支えている穴もある。心配な所だ。
そして、吉見百穴に存在するもう一つの大きな穴。
ここは戦時中に掘られた地下工場の遺構である。
こちらもまた、松代大本営地下壕などと同じく、戦時中に動員された朝鮮人労働者が大勢居たという。
戦況が苦しくなってきた昭和19年に急ピッチで掘り進めた「旧中島飛行機大宮製作所」の地下工場。吉見町と東松山市に跨るので「吉松工場」とも呼ばれる。それは殆ど稼動することもないまま終戦の日を迎えた。
さすが地下壕。夏涼しく冬暖かい。先の「巌窟ホテル」を掘り続けた高橋峰吉も、この「トンネル住居」の限りない可能性に夢を膨らませたのも無理はない。なんといってもクーラーが必要ないもの。というか、峰吉の時代にクーラーなんて文明の利器はなかったのだが。
しかし、呑気な事を言っていてもこの穴はある意味「負の遺産」。ここで昼夜を問わず突貫工事に明け暮れていたという朝鮮人労働者の徴用の実態がどこまで真実なのか定かではないが。
そんなわけで、吉見百穴の周辺には韓国国花「ムクゲ」が大量に植樹されている。
なお、「仮面ライダー」をはじめとした特撮モノのロケ地にもよく使われるという。
確かに、ショッカーが今にも出てきそうな感じするもんな…と思ったらこんな所に画像が。
参考記事
幻の巌窟ホテル
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